更年期・月経前・産後における精神神経症状(イライラ・うつ・不安)の漢方治療

更年期・月経前・産後における精神神経症状(イライラ・うつ・不安)の漢方治療

更年期・月経前・産後などホルモンバランスの変化によって精神神経症状(イライラ・うつ・不安・思い悩むなど)があらわれ、これを改善したいと考えているが、ホルモン治療には抵抗があるため漢方薬で何とかできないかというご相談は多く寄せられ、経験を通じて漢方薬がとても有効な治療手段であることを実感しています。

ホルモンバランスの変化によって引き起こされる精神神経症状・身体症状を改善する中医学の考え方やよく使われる漢方薬について解説いたします。

7の倍数で変化する女性の身体

薬用養命酒のCMによって、古代中医学の「女性は7年、男性は8年の周期で身体は変化する」という考え方が広まりました。この変化は「腎精(じんせい)」の影響を受けていることを「黄帝内経」の中で岐伯は各年代における女性の身体の変化を次のように説明しました。

7歳 腎精が活発になり、永久歯が生え、髪が伸びる
14歳 腎精が成熟し月経が始まり子供を産む力が備わる。天癸が発生。
21歳 腎精が身体のすみずみまで行き渡る
28歳 髪の毛が豊かになり、身体が最も強壮な時期
35歳 腎精が衰え、顔がやつれ始める
42歳 顔にしわが寄り、白髪が目立ち始める
49歳 血脉に血が少なくなり、月経が止まる(閉経)
56歳 腎精の減少が穏やかになる

黄帝内経は約2000年前に書かれた書物、当然ですが血液検査によってホルモン値を測定することができない時代ですが、この身体の変化の説明は現代医学で判明した女性ホルモンの分泌量の変化とほぼ同じであることがわかりました。

女性ホルモンは主に「エストロゲン」と「プロゲステロン」で、年齢とともにその分泌量は変化します。特にエストロゲンの変化量が女性の身体に様々な変化をもたらしています。

思春期10歳 ~ 18歳 初潮を迎え、エストロゲンの分泌が増加。(日本人の平均初潮、年齢12歳2か月)
性成熟期18歳 ~ 45歳 エストロゲンの分泌が安定。(日本人の平均第1子出産、年齢30.7歳)
更年期45歳 ~ 55歳 閉経の前後5年間、エストロゲンの分泌は急激に低下。(日本人の平均閉経、年齢50.5歳)
老年期55歳 ~ エストロゲンの分泌がわずかとなり、生活習慣病にかかりやすくなる。

(参考:あすか製薬株式会社:「年齢とともに変化女性ホルモン」

「腎精」とは

この「腎精」は生命エネルギーの源であり、生殖能力の成長や発育、ホルモンの分泌、免疫機能など生命活動の根本を担い五臓の「腎」に蓄えています。

「腎精」は両親から受け継いだ「先天の精」と飲食物から得られた栄養物から作られる「後天の精」によって補われています。腎精の一部は血に変化することもあるため、腎精の不足は血の不足をも生じさせます。そして、腎は「耳」「膀胱」「骨」ともかかわりが深いため、腎精の低下はホルモンだけではなく「聴力」「泌尿器系」「骨密度」に影響をもたらします。

 

更年期障害と腎

女子胞

女性の生殖器(子宮、卵巣など)は、月経・妊娠・出産をつかさどる器官で中医学では「女子胞」「血室」などと呼ばれています。

女子胞は、腎精・肝血によって栄養され成熟し、腎精の充実によって「天癸(てんき)」という物質が産生され、この天癸の作用によって月経が起こることで妊娠・出産の条件が整い、年齢とともに腎精は衰え天癸が弱まることで閉経に至ります。この天癸を性ホルモンと考えます。

血の道症

月経、妊娠、出産、産後、更年期など女性ホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状及び身体症状を「血の道症」といいます。

血の道症は必ず現れるわけではなく、ホルモンの変動にうまく適応できる体質であると精神神経症状や身体症状は現れません。

うまく適応できる体質・その条件は以下のように考えています。

①気血が充実
②気血の巡りが安定
③胃腸の不調がない

つまり、胃腸が丈夫でしっかり栄養を摂取し「気血」が安定して作られ、身体を適度に動かし、ストレスを発散することで「気血」が身体をくまなく安定して循環している条件であればホルモンの変動に伴う身体的・精神的症状は起こりにくくなります。

つまり、ホルモンの変動によって精神神経症状・身体症状が起こるのは

①気血の不足・・・気虚、血虚
②気血の循環が悪い・・・気滞、瘀血
③胃腸の不調・・・脾胃気虚

などがあるということになりますので、気虚・血虚・気滞・瘀血・脾胃気虚を改善させることが血の道症の改善につながります。

気血を整える代表漢方処方

気滞・瘀血を改善

加味逍遥散(かみしょうようさん)

五臓「肝」の疎泄作用(気血を巡らせる働き)の失調である気滞・瘀血が原因とし、イライラ、怒りっぽい、情緒不安定、ため息、うつなどの精神症状とともに、ホットフラッシュ、ほてり、肩こり、頭痛、腹部の張り、目の疲れ、手足のしびれ、眠りが浅い、疲れやすい、下痢・便秘を繰り返す、ガスが多い、食欲不振、月経痛、血塊があるなどの身体症状がある場合に適しています。

特に月経前のイライラなどは気の滞りによって起こりやすい症状。その症状と肩こりや頭痛、月経痛など血の滞りである瘀血がある場合に有効です。

(類似処方)
逍遥散は、加味逍遥散より「山梔子」「牡丹皮」を除いた処方。加味逍遥散の証でほてりやのぼせがない場合。
加味逍遥散合四物湯は加味逍遥散に「川芎(センキュウ)」「地黄(ジオウ)」を加えた処方。血虚症状(貧血、元気がない、朝起きれない)が強い場合に有効。

 

いきいき元気 第5回「瘀血」

血虚の改善

抑肝散(よくかんさん)

加味逍遥散と配合生薬が類似している処方ですが大きな違いは、抑肝散には「釣藤鈎(ちょうとうこう)」という生薬が配合され、「内風」と呼ばれる症状である筋肉のけいれん、麻痺、ひきつれ、イライラ、ふるえ、しびれ、こわばり、めまい、ろれつがまわらない、チック、顔面麻痺、頭痛などを改善する効果があります。

加味逍遥散よりも瘀血を改善させる生薬の配合が少なく、胃腸を整え、血を補う働きがあるため胃腸が弱く虚弱体質の傾向のある方で、上記の内風と呼ばれる症状がある場合に有効です。

(類似処方)
抑肝散加陳皮半夏;吐き気、食欲不振、みぞおちの痞えなど、より消化器症状が起こっている場合。
抑肝散加芍薬黄連;神経のたかぶりがありほてりなど熱症状がある場合に、抑肝散では抑えられない時に。

 

【漢方処方解説】抑肝散(よくかんさん)・抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)

帰脾湯(きひとう)

抑肝散は主に肝血を補う漢方薬ですが、帰脾湯は心血を補う漢方薬となります。
肝は怒り、悲しみ、喜び、驚きなど情緒的なことと関係していますが、心は意識、感情、思考などの精神的な活動を管理しているため、怒りやイライラといったものよりも、不安、心配、恐怖といったものと関係しているため、睡眠障害、うつ、パニック、不安神経症などの症状があらわれている場合に有効です。

(類似処方)
加味帰脾湯:帰脾湯に柴胡、山梔子、牡丹皮がを加えた処方となります。帰脾湯の心血不足にイライラ、ほてり、のぼせなど熱症状がみられる場合に有効です。

 

血虚(けっきょ)って何だろう

婦宝当帰膠(ふほうとうきこう)

女性の血の道を整えるために必要な生薬と言えば「当帰(とうき)」。この当帰を主剤した「血」を補う中成薬。
天然コラーゲンである「阿膠(あきょう)」も配合されていることから美容や健康を気にしている方の養生漢方薬として愛飲されています。

加味逍遥散・抑肝散・帰脾湯のようにイライラ、不安、うつ、心配、不眠といった精神神経症状を抑えることを目的とした処方ではありませんが、更年期を迎えるにあたって減少する血を安定して補うことは更年期症状を抑える予防としてとても大切です。

また、産前の女性にとっても血を十分に補うことは妊娠、出産に向けて心身ともに安心となります。

 

【話題の漢方】イスクラ婦宝当帰膠B(第2類医薬品)

その他、
・瘀血の改善;芎帰調血飲第一加減、桂枝茯苓丸
・血虚の改善:当帰芍薬散、四物湯、十全大補湯、人参養栄湯
・気滞の改善:小柴胡湯、四逆散
・脾虚の改善:六君子湯、柴芍六君子湯、香砂六君子湯、補中益気湯
など様々な処方があります。

漢方薬は、ご自分の体質や症状発現の特徴などから不足しているもの、滞っているものなどを見極め自分の体質(証)に合った漢方薬の服用が大切です。漢方薬を服用の際には必ず専門の医師、薬剤師、登録販売員にご相談ください。