漢方薬の選び方|正気の不足【補益編】
血色よく、精力旺盛で、活発に動き、年齢の割には若く見える方もいれば、反対に年齢の割には老けて見えたり、背中が丸まっていたり、いつも疲れ、声に力がなく、病気が慢性化しているような方もいます。
この違いは、身体に正気が十分に足りている状態か、不足している状態なのかで決まってきます。
正気の不足は様々な疾患や症状を引き起こしてしまいます。漢方では、正気の不足を4つに分類し、不足したものを補う治療を行います。それぞれの特徴と代表的な漢方薬をご紹介いたします。
正気の不足【虚】
正気の不足を【虚】と表現します。不足なので治療は【補】。
不足した正気を補うことで虚弱な状態を整えると、体内に正気が満たされてくるので、病を除去する力もついて身体が強くなってきます。そうすることで、健康長寿を保てるようになるのです。
4種の【虚】と治療方法
【虚】には4種類あります。
・気虚(ききょ)
・血虚(けっきょ)
・陰虚(いんきょ)
・陽虚(ようきょ)
気虚(ききょ)
気虚症状
気が不足している状態を気虚と呼びます。よくあらわれる症状は以下の通り
□顔色が青白い
□慢性病で治療を続けている
□声に張りがない
□元気がない
□汗がでやすい
□めまい
□動悸
□食欲不振
□倦怠感
□便がゆるい
□風邪をひきやすい
□胃下垂
気虚の治療薬
気の不足ですから、治療は気を補う「補気薬」が中心となります。
補気の働きが最も優れているのは「人参」。中でも吉林人参や高麗人参が有名ですが、お値段もそれなりに・・・・。
人参は、優れた補気作用があることから人参のみを使用した「独参湯」という処方が有名で、多量出血などで気血の消耗が激しい時には応急処置として服用させるほど優れた効果があります。
党参は、人参ほど補気作用が強くないのですが、脾胃を整える作用があり、お値段も手ごろなので、幅広く利用されています。
太子参は、人参と同様の薬効がありますが人参よりも補気作用は弱いのですが、解熱作用や養陰作用というのがあるので、病後の虚弱や子供の元気が不足しているときに用いられています。
黄耆は、よく人参と組み合わせて使用されています。そうすることで脾胃を元気にして気を高める働きが強化されます。
山薬、白朮は主に健脾胃作用(五臓の脾胃を整える:消化吸収の働きを整える)があるので、食欲不振や慢性的な下痢に有効です。また、山薬は腎にも良いため糖尿病に応用されています。
甘草、大棗も補気薬として大切な生薬です。甘草は根を乾燥させた状態のまま使用すると解熱・解毒作用がありますが、フライパンで炙ったり、蜂蜜で炙ったりした炙甘草(シャカンゾウ)は気を補う働きが優位になります。その為、当店では補中益気湯や六君子湯のように気を補うことを目的とする場合には炙甘草を使用し、喉のはれや咳には(桔梗湯、甘草湯)生甘草を使いわけています。
大棗は、補気の働きのほかに養心安神(心身の不安を治す)作用や補血(血を補う)作用があります。また、生姜と配合されることが多く食欲を増加して消化を助け、他の生薬の吸収を促進してくれます。
・補中益気湯(ほちゅうえっきとう):気虚症状全般に使える万能処方。升麻という生薬が配合されているため、胃下垂や脱腸、子宮脱にも効果を発揮します。
・生脈散(しょうみゃくさん)、麦味参顆粒(ばくみさんかりゅう):人参、五味子、麦門冬の3種で構成された処方、栄養ドリンク代わりにもなる優れた漢方処方。1年中使える滋養強壮薬。
・玉屏風散(ぎょくへいふうさん)、衛益顆粒(えいえきかりゅう):黄耆を主軸に構成された処方で、身体を守る衛気の不足を補うため、風邪をひきやすい方やアレルギー体質の方に防衛力を補う漢方薬として使用されます。
・参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん):下痢症状が主症状の時に有効。皮膚病などで軟便傾向の体質の方にも使われます。
血虚(けっきょ)
血虚症状
血が不足している状態を血虚と呼びます。よくあらわれる症状は以下の通り
□顔色が悪い
□めまい
□立ちくらみ
□手足のしびれ
□髪の毛がパサパサする、抜け毛が気になる
□冷え症、手足やお腹が冷える
□眠りが浅い
□経血の量が少ない、無月経
□爪が割れやすい、薄い
□不安感が起こりやすい
□気分の落ち込み
血虚の治療薬
血の不足ですから、治療は血を補う「補血薬」が中心となります。
地黄には、
・生地黄;ジオウの根を乾燥させたもの
・熟地黄;ジオウの根を酒で蒸したもの
・鮮地黄;ジオウの新鮮なもの
と加工によって違いがあり、当然効能にも大きく影響しています。血を補う働きは、熟地黄がすぐれています。
何首烏も生首烏、製首烏に分けられ、生首烏は、腸の乾燥からくる便秘に効果があります。製首烏は肝・腎を潤す働きがあり、めまい、腰痛、白髪、血虚による抜け毛・脱毛などに効果があります。さらには血中コレステロールも下げる働きがあると以前資料を読んだ記憶があります。
何首烏はつるドクダミの塊根で蔓の部分は夜交藤(やこうとう)という生薬で血の不足による不眠に効果があります。
桑椹子は、桑の実のことで、これは漢方処方の一部として使用されることはないのですが、何首烏同様の効果があり、美容や美髪のため、ジャムや薬酒、健康茶として利用されています。
当帰は、地黄と並んで補血薬の代表生薬の一つです。女性の健康を支える生薬の一つでもあり、月経痛、不妊、更年期と「血の道」を安定させるためには必須の生薬です。その為、婦人科疾患に使われる漢方処方にほぼ配合される生薬です。
中国や東南アジアでは、疲れている女性に人参と当帰を煎じた液を服用させ元気を補う習慣があります。
芍薬は、白芍薬と赤芍薬とがありますが、補血作用は白芍薬を使用し、血行改善には赤芍薬が一般的に使用されています。芍薬の特徴は補血作用と収斂作用で、こむら返りに使用する「芍薬甘草湯」に使われています。
阿膠は、ロバや牛の除毛した皮を水で煮て生成したニカワで、2千年以上前から薬として使用されている歴史があります。補血作用のほかに止血作用、潤肺作用があるため、月経過多や出血、空咳に効果があります。近年、価格が高騰しているため貴重な生薬の一つです。
竜眼肉は、主に心血を補う働きがあるため、血の不足による動悸や不安、不眠、健忘に効果を発揮します。
・四物湯(しもつとう):補血剤の代表処方。単独で用いることは少なく他の処方と組み合わせて使用されます。
・十全大補湯(じゅうぜんたいほとう):気血の不足を同時に補う代表処方、類似処方:人参養栄湯
・帰脾湯(きひとう):竜眼肉、酸棗仁といった精神安定作用のある生薬が配合されているため、血虚による不眠、不安、うつ、動悸に使われます。
・温経湯(うんけいとう):この処方は補血の働きもあるのですが、阿膠とともに温めていく働きの生薬が多く配合されているため、血虚症状に下腹部の冷え、不正出血がある場合や不妊治療を目的に使われます。
・当帰飲子(とうきいんし):血虚による皮膚の乾燥やかゆみを改善させる代表処方。何首烏が配合されているため、血虚で便秘傾向(腸燥便秘)がある方によく使われます。
・婦宝当帰膠(ふほうとうきこう):当帰を主剤にしたシロップ剤。阿膠も配合され、女性の美容と健康を支える代表的な中成薬。
陰虚(いんきょ)
陰虚症状
陰(血津液)が不足している状態を陰血虚と呼びます。よくあらわれる症状は以下の通り
□耳鳴り
□めまい
□口や喉が渇く
□手足が熱っぽい、ほてる
□午後になると熱が上がる
□寝汗
□不眠、夢が多い
□腰痛
陰虚の治療薬
陰の不足ですから、治療は陰を補う「滋陰薬」が中心となります。
天門冬・麦門冬・百合には、肺を潤し咳を鎮める働きや痰を切れやすくする働きがあります。
枸杞子も肺を潤す働きがありますが、目に働く作用があるので、めまい、かすみ目、視力減退、疲れ目に利用されます。
また、枸杞の葉も滋養強壮に健康茶として、根は地骨皮として肺の熱を冷ます働きとして漢方薬に使用されています。
女貞子は、肝腎の陰を補う(潤す)働きがありますが、ほてりなどの熱を冷ます働きもあるため、基礎体温の低温期が高く排卵がスムーズでない場合などに潤して熱を冷ます女貞子が使用されます。植物名は”ネズミモチ”、果実がネズミの糞に見立て、木がモチノキに似ていることから日本ではネズミモチと呼んでいます。
旱蓮草も女貞子同様の働きがあり、この2つの生薬からなる製剤「二至丸」が中国では使われています。
亀板はクサガメのおなか側の部分、鼈甲はすっぽんの甲羅とおなか側の部分を使用します。双方とも腎陰を補う働きに優れているため、アンチエイジング、滋養強壮に古くから利用されています。
その他、黒豆や黒大豆など黒い食材は「腎」を補う食材として使用するため、精が弱っている方は積極的に取り入れましょう。
・六味丸(ろくみがん):腎の陰を補う代表処方。上記の生薬は配合されていませんが、補血薬の地黄を中心に構成された処方で、肌の乾燥や喉の渇き、ほてり、精力減退などがある腎陰虚という状態に使用されます。
この処方に、菊花と枸杞子を配合すると、杞菊地黄丸となり腎の働きの低下とともに目の症状がある時に使用されます。
・生脈散(しょうみゃくさん)、麦味参顆粒(ばくみさんかりゅう):人参、五味子、麦門冬の3種で構成された処方、栄養ドリンク代わりにもなる優れた漢方処方。1年中使える滋養強壮薬。
・麦門冬湯(ばくもんどうとう):咳止めとして証に合っていれば継続的に使用される処方。痰を切る生薬の配合がないため桔梗が配合されている処方を組み合わせて使用することがあります。
・滋陰降火湯(じいんこうかとう):麦門冬湯同様にのどに潤いがなくせき込むものに使用されますが、麦門冬湯の証に熱症状が加わっている場合にこちらの処方を選択します。
・清肺湯(せいはいとう):ダスモックで一躍有名になった処方。陰を補う処方の代表ではありませんが、痰が多く熱がこもっている証の方に適応します。
陽虚(ようきょ)
陽虚症状
気の不足とともに冷えの症状が出ている場合には、陽が不足している状態である陽虚と判断します。よくあらわれる症状は以下の通り
□寒がる
□手足が冷える
□元気がない
□精力減退
□夜間尿
□残尿感
□頻尿
□むくみ
□無月経
□不妊
陽虚の治療薬
陽の不足ですから、治療は陽を補う「補陽薬」が中心となります。
上記以外にも多くの補陽薬がありますが一部だけのご紹介とさせていただきます。
陽の不足の多くは「腎」の精が不足することによる老化現象と考えることができるため、陽を補う生薬の多くが温めるだけではなく「腎精」を補うことによって腎の温める働きを補います。
鹿茸は鹿の角を使うのですが、固く大きくなった角ではなくまだ骨になる前の角を使用します。陽虚に対して優れた効能を持っているため、陽虚でなく陰虚である人には使用してはいけないので、証の見極めがとても大切です。
海狗腎は、オットセイの睾丸と陰茎を使用するのですがヒツジや犬の睾丸と陰茎も同様の働きがあるため代用されることがあるそうです。
肉蓯容・鎖陽はともに、腎陽を補う働きと腸を潤し便通をよくする働きがあります。
補骨脂・莵絲子は、夜明け前の下痢である五更泄瀉に有効です。
附子は、西洋医療でも「アコニンサン錠」として使用され鎮痛、強心、利尿として使用されています。また、ブシ末も漢方処方をする医師によって処方されています。生の附子は毒性が強いので使用できませんが、加工処理して毒性を減じたものが使用されます。附子は散寒薬という生薬の分類にされていますが、腎陽を補う生薬の代表でもあります。
・八味丸(はちみがん):腎の陽を補う代表処方。腎陰を補う六味丸に桂枝と附子を加えて8つの生薬から構成された処方で、高齢者の頻尿、夜間尿、切迫尿、残尿など泌尿器の悩みに適した処方です
・牛車腎気丸(ごしゃじんきがん):八味丸に、車前子と牛膝を加えてた処方。陽虚で腰痛、しびれ、痛みやむくみなどがある場合に使用します。
・参馬補腎丸(じんばほじんがん):補陽薬である鹿茸、杜仲、淫羊藿、海馬、補骨脂に地黄など腎の働きを助ける生薬で構成されている漢方薬。
・参茸補血丸(さんじょうほけつがん):参馬補腎丸同様に鹿茸が配合された処方ですが、補気作用のある黄耆、人参、補血作用のある竜眼肉、当帰が配合されているため、気虚と血虚で冷えも伴う証に有効です。
正気(陰、陽、血、気)を補う生薬と配合されている漢方処方をご紹介させていただきました。
このように、漢方薬は配合されている生薬の特性を理解しているとどのような目的で構成された処方であるのかを理解することができます。
陰虚の強い証のある方には、陽虚の処方を使用するとかえって病状が悪化する恐れがあります。
血虚の人には、気虚が伴っていることが多いため、血虚を補う漢方処方には気を補う生薬が配合されている処方がほとんどです。
どの漢方薬が自分に合っているのかを判断するためには、自分の証(不足しているものは何か、五臓の働きはどうか、病邪はあるのかなど)をしっかり見極めることが大切です。その為にも漢方に精通した漢方専門薬局でゆっくりご相談ください。
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