類似漢方処方解説【五苓散・苓桂朮甘湯・当帰芍薬散】の使い分け

漢方処方に使われる生薬の数は約150~200種類、その中でも使用頻度の高い生薬は約50種類くらいになります。しかし、その組み合わせ方や使用する用量によって同じような組み合わせでも治療目標が大きく異なってきます。また、漢方薬の特徴として一つの生薬の働きは他の生薬との組み合わせによって効能が変わることがあります。
今回、むくみやめまいなど「水」の停滞によるからだの不調を整える漢方薬の中で生薬構成が類似している処方:五苓散・苓桂朮甘湯・当帰芍薬散について解説させていただきます。
※漢方薬を服用の際には、必ず漢方専門の薬局又は医療機関で相談し処方していただくようにしてください。
「水」について
「水」と書いていますが、学術的には「津液(しんえき)」といいます。ですが便宜上「水」として解説させていただきます。
「水」は体内のすべての水分を意味します。具体的には、胃液や唾液、鼻水、涙、汗、尿、皮脂、関節などにある潤滑液、粘液、髄液などで「津液」の「津」はさらさらした液体、「液」は粘性のある液体と区別します。主な働きは、臓腑や器官に潤いを与え、からだの動きをしなやかにします。
水は、飲食物から五臓の「脾」によって吸収され「肺」により全身に送り込まれ、降りてきた水は「腎」により体外へ排泄されるか再利用されます。肺の全身に送り込む働きには腎の助けが必要となります。
「水」の乱れ
水の働きに乱れが出ている状態は主に、水の不足と停滞に分けられます。
水の停滞は「水滞(すいたい)」と言いますが、中医学では状態により「痰飲」「水湿」「水腫」と呼んでいます。これは水分の吸収、排泄がうまくいかなくなることによって体内に発生した異常な水の停滞(消化管内や組織内に停滞した水)であり、軽度のものを「水湿」、水湿が進んで滞りの場所が確定できるようになったら「痰飲」「水腫」と呼び、特に粘稠性の高いものを「痰飲」、むくみや腹水、関節に溜まる水など全身にあるいは局所にあらわれる水の滞りを「水腫」と区分します。
水滞は、体液成分が正常な存在場所から逸れて貯留した状態で、むくみとしてあらわれたり、消化管から吸収されず消化管内に留まることで胃の中がチャプチャプ、ジャブジャブしたりします。その結果、血液中の水分量が不足し血の巡りや働きに影響をもたらし、めまいや動悸など様々な症状を引き起こします。
水の不足を「津虚(しんきょ)」や「陰虚(いんきょ)」といいますが、今回は水の停滞の改善させる処方の説明なので割愛させていただきます。
処方比較
五苓散・苓桂朮甘湯・当帰芍薬散は「利水消腫剤(りすいしょうしゅざい)」にという薬剤に分類されている処方です。
配合生薬の違い
まずは、それぞれの処方内容を比較してみましょう。
処方名/生薬 | 五苓散料 | 苓桂朮甘湯 | 当帰芍薬散料 |
茯苓(ブクリョウ) | 4.0g | 4.0g | 4.0g |
白朮(ビャクジュツ) | 3.0g | 2.0g | 4.0g |
桂枝(ケイヒ) | 2.5g | 3.0g | – |
猪苓(チョレイ) | 3.0g | – | – |
沢瀉(タクシャ) | 4.0g | – | 4.0g |
甘草(カンゾウ) | – | 2.0g | – |
当帰(トウキ) | – | – | 3.0g |
芍薬(シャクヤク) | – | – | 6.0g |
川芎(センキュウ) | – | – | 3.0g |
効能効果 | 体力に関わらず使用でき,のどが渇いて尿量が少ないもので,めまい,はきけ,嘔吐,腹痛,頭痛,むくみなどのいずれかを伴う次の諸症: 水様性下痢,急性胃腸炎(しぶり腹のものには使用しないこと),暑気あたり,頭痛,むくみ,二日酔 |
体力中等度以下で,めまい,ふらつきがあり,ときにのぼせや動悸があるものの次の諸症: 立ちくらみ,めまい,頭痛,耳鳴り動悸,息切れ,神経症,神経過敏 |
体力虚弱で,冷え症で貧血の傾向があり疲労しやすく,ときに下腹部痛,頭重,めまい,肩こり,耳鳴り,動悸などを訴えるものの次の諸症: 月経不順,月経異常,月経痛,更年期障害,産前産後あるいは流産による障害(貧血,疲労倦怠,めまい,むくみ),めまい・立ちくらみ,頭重,肩こり,腰痛,足腰の冷え症,しもやけ,むくみ,しみ,耳鳴り |
各生薬の働き
3処方に共通している茯苓・白朮は消化管内や組織に存在する余分な水分を血管内に引き込み循環水分量を増加させ、腎臓から余分な水分を排泄し、同時に脾胃の働きを整えます。
五苓散と苓桂朮甘湯に共通する、桂皮は通陽作用という血管を拡張して血行を促進しかつ水の吸収を高めることによって血液中への水が移行し、腎臓に送られ排泄(排尿)されることで利水効果を発揮します。
五苓散と当帰芍薬散に共通する沢瀉と五苓散に配合されている猪苓は腎で働き、利尿作用を促進させます。
苓桂朮甘湯に配合されている甘草は、他の生薬の働きの調和をとり血中の水分を保持する働き、そして茯苓、白朮とともに健脾作用に働きます。利尿とは反対の作用なので脱水防止に配合されていると考えることもできます。
当帰芍薬散には、当帰、芍薬、川芎と四物湯の中の3成分で補血作用のある生薬が配合されています。
各処方の比較
生薬構成から、五苓散は猪苓、白朮の働きが他の処方よりも優れている点から積極的に停滞した水腫・水湿を取り除き諸症状(主にむくみ、水様性下痢)を改善させます。その為暑気あたりに効果があると書かれていますが、脱水症状が明らかな場合は使用してはいけません。水分が停滞していてのどの渇きがある場合にはあきらかなむくみ、下痢、ジャンプしたり腹部をたたくと胃の中でチャポチャポ音がする胃内停水(溜飲)がみられるのでそのような場合に使用します。
苓桂朮甘湯は、他の処方の各生薬の配合量バランスと少し違い茯苓の割合が多いことがあげられ、前述したように甘草・白朮とともに脾胃の働き整えます。また、茯苓の寧心安神という不安や不眠、動悸などの改善である精神の安定を促す働きがあるため、神経症,神経過敏に対して改善作用があります。
その為、当店での処方の際には、基礎に脾胃の働きの低下が認められ、精神不安(不眠、不安、神経質など)で自律神経系のバランスも乱れ、水湿の症状を起こしている場合に選択する処方となります。この証で、冷えが強い場合には「苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)」や「真武湯(しんぶとう)」を選択します。
当帰芍薬散は、補血の基本方剤である四物湯(当帰、芍薬、川芎、(地黄))が配合されているところから、水腫や水湿があり血虚も伴う場合を目標とします。また、芍薬の配合量が多いことから平滑筋や骨格筋の緊張やけいれんを緩和する働きがあるため、月経痛や肩こり、頭痛、腰痛の改善作用があります。
よって、当帰芍薬散は水腫や水湿の改善と血虚の改善を目的としています。
ちなみに、苓桂朮甘湯に四物湯(4種各4g)を配合した処方は連珠飲(れんじゅいん)、その効能効果は「体力中等度又はやや虚弱でときにのぼせ ふらつきがあるものの次の諸症:更年期障害 立ちくらみ めまい 動悸 息切れ 貧血」と苓桂朮甘湯の証でさらに血虚がある場合に用いられます。当帰芍薬散と配合がほぼ同じになりますが、当帰芍薬散よりも血虚の改善に重点を置いています。
・脾胃の働きが弱く、精神不安や自律神経系の乱れがある場合は・・・苓桂朮甘湯
・水の滞りに伴いめまいや貧血などの血虚症状が起こり、筋肉の緊張やこわばりのある場合は・・・当帰芍薬散
以上のように、漢方薬は配合生薬が似ていても、配合分量や加味する生薬の働き、生薬同士の相互作用などによって目標とする「証」が異なります。漢方薬は効能効果だけではなかなか自分に合った漢方薬を選ぶとことは困難なので、漢方薬で体調をしっかり整えたい場合には専門家にご相談ください。
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