【処方解説】インフルエンザ・風邪に『麻黄湯(まおうとう)』

インフルエンザに対して『麻黄湯』が有効であるということは古くから知られていましたが、
近年の研究結果から「麻黄湯」には、抗インフルエンザウイルス剤のタミフル(オセルタミビルリン酸塩)やリレンザ(ザナミビル水和物)と同程度の発熱や頭痛などの症状を軽減させる効果があると発表されました。
タミフルやリレンザは、インフルエンザウイルスが増殖する際に必要とするノイラミニダーゼという酵素を阻害することでインフルエンザウイルスの増殖を抑えます。
一方、麻黄湯はインフルエンザウイルスに直接的な作用ではなく、気道の炎症を抑えて身体の防衛機能を高めることでウイルスに抵抗を示すことがわかりました。
福岡大学病院総合診療部 鍋島茂樹教授は、麻黄湯は細胞の生存に関わるオートファージ(自己消化機構)機能を増強させることで抗インフルエンザウイルス作用を発揮している可能性を発表しました。(日本感染症学会2012)
※オートファージ:細胞の恒常性を維持するための重要な機能の一つ
もともと麻黄湯はインフルエンザに対して保険適応できていましたが研究結果発表により注目を集め、そのことから一般知識として「麻黄湯」を求めてご来店される方が増えました。
そこで、漢方を安全に安心してご使用いただくために、麻黄湯について中医学の考え方や生薬の性質、使用上の注意についてご紹介させていただきます。
麻黄湯(まおうとう)
【成分・分量】
麻黄(まおう) 4.0g
杏仁(きょうにん) 4.0g
桂皮(けいひ) 3.0g
甘草(かんぞう) 1.5g
【効能又は効果】
体力充実して,かぜのひきはじめで,さむけがして発熱,頭痛があり,せきが出て身体のふしぶしが痛く汗が出ていないものの次の諸症:感冒,鼻かぜ,気管支炎,鼻づまり
【処方分類】
辛温解表剤
・解表剤とは、発表剤・発汗剤とも呼ばれ、発汗を調整することによって表証を緩解する処方。
・表証とは、感染症の初期にあらわれる悪寒・頭痛・身体痛・発熱などの症候
・表証は病邪(風寒・風湿・燥邪・風熱)が体表部に侵入したときに起こる防御反応。
麻黄湯の証では風寒邪が体表部に侵入していると考えます。
・辛温とは、温性の生薬を持ちいて表寒を治療すること
体表部が風寒邪に侵されると、防衛力が低下するためその隙をついてインフルエンザウイルス等が侵入し、悪寒・発熱・頭痛・身体痛・咳などの症状を引き起こしている状態を 麻黄湯は体表面を温め、発汗を促すことによって風寒邪を除き防衛能力を整えインフルエンザウイルス等の増殖を抑えることで風邪症状を改善します。
【傷寒論・目標】
傷寒論で麻黄湯は『太陽病、頭痛発熱、身疼腰痛、骨節疼痛、悪風、汗なくして喘する者』、つまり太陽病(感冒などの発熱性感染症の初期)の時期で、頭痛・発熱・身体痛・関節痛・悪寒・汗をかいていない者・咳嗽の改善を目標と記されています。
麻黄湯は、辛温解表剤であるため温めて発汗を促し、諸症状を緩解しますので、感染症の初期で汗がない・出せない状態に使用します。
その為、すでに自然発汗傾向がみられているような方には発汗過多になる恐れがあるため服用を避ける必要があります。
効能効果で「体力が充実していて」とあるように体力の充実している小児に対して使用する傾向にあり、高齢者へは慎重に使用いたします。
麻黄(生薬解説)
麻黄にはエフェドリンという成分が含まれています。エフェドリンには気管支拡張作用や鎮咳作用を持っているため現代医薬品の咳止めや風邪薬によく配合されている成分です。
一方、漢方処方では他の生薬との組み合わせにより麻黄の働きには以下のような違いがあります。
桂皮と配合することによって発汗作用が強化
処方例:麻黄湯
②宣肺平喘・止咳
杏仁と配合することによって鎮咳作用が強化
処方例:麻杏甘石湯・五虎湯・神秘湯
③利水消腫
白朮と配合することによって利水作用を強化
処方例:越婢加朮湯・薏苡仁湯・防風通聖散
④その他
石膏と配合することによって清熱・止汗作用:麻杏甘石湯、防風通聖散
乾姜・附子と配合することによって散寒作用(冷えを除く)を強化:小青竜湯、五積散、麻黄附子細辛湯
【麻黄配合処方】
葛根湯・葛根湯加川芎辛夷
小青竜湯・桂麻各半湯
麻杏甘石湯・神秘湯・五虎湯
越婢加朮湯
麻杏薏甘湯・薏苡仁湯
麻黄附子細辛湯
独活葛根湯・五積散
防風通聖散
漢方処方は一つの生薬だけでなく数種類の生薬を組み合わせて調合されたものです。その組み合わせによって絵の具のように様々な色(薬効)・料理で使用する調味料のように様々な味(薬効)が現れてきます。
その為、漢方薬は「証」という身体の状態と病邪の特色を判定することで、証に見合った漢方薬を使用する必要があります。
インフルエンザと診断され「麻黄湯」を服用するためには、元来の体質・現在の病状から判断する必要があります。
服用の際には、必ず漢方の専門家の指導のもと服用するようにしてください。
麻黄湯使用上のポイント・注意
発汗の有無を確認
「汗をかいていない」ことがとても大切です。麻黄湯は体表面を温め、発汗を促すことによって諸症状の改善を目標としています。
その為、すでに汗をかいている状態では発汗過多になりかえって病状を悪化させてしまう恐れがあります。
また、普段から汗をかきにくい体質の方は、麻黄湯を服用した時に汗が出ないでのぼせ・ほてりや頭痛を感じたら病状を悪化させる恐れがあるので服用を中止しましょう。
胃腸の弱い人には注意
昔、冗談で「麻黄は胃腸に悪いから麻黄湯を飲むと胃腸の調子を悪くしてダイエットになる」なんて話をしてたことがありますが、胃腸虚弱には使用を控える傾向があります。
麻黄が配合されている五積散などは、配合に「二陳湯」があるため麻黄による胃腸障害を抑える働きがあります。しかし、他の処方には胃腸の働きを整えたり助けたりする配合がありませんので胃腸が悪い人・服用して胃腸の調子が悪くなった場合には他の処方に切り替えるか胃腸を整える漢方薬を一緒に服用することが必要です。
使用に注意が必要な疾患
麻黄の主成分であるエフェドリンには、気管支拡張作用・鎮咳作用のほかに交感神経興奮作用、中枢興奮作用もあるため
・狭心症、心筋梗塞等の循環器系の障害のある人
・重症高血圧症のある人
・高度の腎障害のある人
・排尿障害のある人
・甲状腺機能亢進症の人
には、これらの疾患及び症状が悪化する恐れがありますので服用の際には慎重な判断が必要です。
その他、皮膚炎、睡眠障害、普段から不整脈や動悸を感じやすい方も注意が必要です。
ドーピング違反
麻黄の主成分であるエフェドリンには交感神経興奮作用があるためドーピング検査のある競技・大会では配合処方を服用することで尿中の成分濃度によって違反になる場合があります。
麻黄湯だけでなく上記に挙げた、麻黄配合処方すべてで違反の可能性がありますのでトレーナー・指導者にご確認ください。
(公益財団法人 日本アンチ・ドーピング機構)
;注意が必要な治療薬(https://www.playtruejapan.org/medical-staff/medicine/caution.html)
長期は服用できません
漢方の風邪薬を的確に処方できれば漢方専門家として一人前と言われるほど、風邪症状は変化が激しく同一の処方を服用できる期間が限られています。
麻黄湯が服用できるのは、無汗の状態です。大抵、漢方薬を服用しなくても2日目には汗が出ることが多いので麻黄湯が活躍できるとしても風邪のごく初期に限られるため長期服用させることを目的としていません。
発汗してきたら服用を中止し、身体を休めて体力の回復を待ちましょう。
2022年から2023年シーズンのインフルエンザ対策については、一般社団法人日本感染症学会の提言をお読みください。
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