機能性ディスペプシアの漢方薬

機能性ディスペプシアの漢方薬

胃もたれ、胃の痛み、腹部膨満感、胸やけなどの症状があり、検査を行っても消化管に異常が認められない場合に、機能性ディスペプシアと診断されることがあります。

機能性ディスペプシアの定義
症状の原因となる器質的、全身性、代謝性疾患がないのにもかかわらず、慢性的に心窩部痛(みぞおちの痛み)や胃もたれなどの心窩部を中心とする腹部症状を呈する疾患
日本消化器病学会

上記の症状以外にも、感じ方や症状の現れ方は人それぞれです。
漢方薬治療では症状や体質に合わせて漢方薬を選択いたします。ここでは検査しても異常のない消化器症状や機能性ディスペプシアに対する漢方薬治療について解説いたします。

五臓「脾」六腑「胃」

消化器症状や機能性ディスペプシアの主な症状には
・胃のあたりの痛み
・へそ周りの違和感
・膨満感
・胃のもたれ感
・少し食べるただけで満腹感
・胸焼け
・吐き気
・ゲップ
・胃の不快感
など様々

これらの症状があらわれる原因となる五臓は「脾」、六腑は「胃」と考えます。「脾胃」の働きについて簡単に解説します。

五臓「脾」の働き

①消化・吸収・運搬
脾は飲食物を消化・吸収し、そこから得られる栄養物質(気・血・津液・精の源である「水穀の気」)を全身に運ぶ役割があります。
この働きが弱まると、食欲不振、胃もたれ、下痢などの消化器症状とむくみ、倦怠感、食後の眠気などの全身症状があらわれます。

②気血を生成
①の働きによって得られた栄養物質(水穀の気)から「気血津液精」が生成されます。
この働きが弱まると、他の五臓六腑の働きも低下し、貧血、体重減少、むくみ、倦怠感、不眠症、無気力、精力減退、月経不順、乾燥肌など様々な症状があらわれます。

③血の巡り(統血)を管理
脾(脾気)には出血を抑える統血作用というものがあり、脾の働きが低下すると不正性出血や鼻血、痔出血などの出血があらわれる傾向があります。

④内臓の位置を安定
胃が定位置から下がっている状態を「胃下垂」、腎臓が定位置から動いて下がっている状態を「遊走腎」、他に子宮脱、脱肛など、臓器が特定の安定した位置から下がっている状態を「中気下陥」と言います。
中医学では、この内臓や組織が定位置から下がらないように維持する働きを「固摂作用」と呼び、主に五臓の脾の機能(脾気)が管理しています。

六腑「胃」の働き

胃は西洋医学の胃や小腸、十二指腸などの臓器や消化機能全般を指していて、飲食物を一定時間とどめ、消化して粥状にしたものの栄養(気血水精の源)となる部分を「脾」に送り、不要なものを大腸へ送り排泄します。

脾胃の働きを整える漢方薬

脾胃の働きの低下を「脾胃気虚」といい、その状態を整える基本的な漢方薬は「補気健脾薬」
機能性ディスペプシアの様に特定の病変が確認されないが、心窩部を中心とした消化器の不快な症状を呈している状態の方の多くは、脾胃気虚を基礎に様々な症状を呈していく特徴があります。

脾胃気虚を引き起こす原因(暴飲暴食・ストレス・慢性疾患・薬剤など)よっても症状の起こりは変化しますが、脾胃気虚が関連する症状や病証とその治療に使われる漢方薬についてご紹介します。

補気健脾薬

「気」を補う補気剤を中心として脾胃の働きを元気にして整える処方を使用。

四君子湯
食欲不振、疲労、軟便あるいは便秘

六君子湯(四君子湯に陳皮と半夏を加え逆流症状を改善)
四君子湯の症状にみぞおちの痞え、悪心・嘔吐、逆流症状

・香砂六君子湯(六君子湯に縮砂、藿香、香附子を加え気の巡りを促進)
六君子湯の症状に、精神症状や腹部膨満感、ガスが多い、冷え症状が伴う場合

・柴芍六君子湯(六君子湯に柴胡、芍薬を加えストレス性症状の緩和)
六君子湯の症状に、神経性・ストレスによって発生する胃痛や腹部膨満感、精神症状が伴う症状

止瀉薬

脾胃気虚が進むことで、腹部の症状とともに下痢、軟便傾向が続いている場合に下痢を止め脾胃の働きを整える処方を使用します。

・参苓白朮散、啓脾湯
食欲不振、疲労、下痢、軟便

・平胃散(人参、茯苓の補気薬の配合がない処方)
胃もたれ、消化不良、下痢で倦怠感などの気虚症状が顕著でない場合

・胃苓湯(平胃散と五苓散の合方剤で利水作用を強化)
水様性の下痢、嘔吐、むくみ、冷飲による下痢が顕著である場合。五苓散を単独で使用することも

・加味平胃散(平胃散に山楂子、神麹、麦芽の消化を助ける生薬を配合)
平胃散の症状に消化不良、胃もたれが伴う場合

胃下垂・脱肛

「中気下陥」を改善する代表漢方薬。

・補中益気湯
④内臓の位置を安定させる働きが低下している状態で、疲れやすく、食欲減退、風邪を繰り返す、風邪の治りが悪い、病後、慢性疲労などに対する代表処方
補気健脾薬や消化を助ける消導剤(山査子、神麹、麦芽など)が配合されている処方と組み合わせることがある

悪心・嘔吐

主に六腑「胃」の消化物を下降させる働きが悪くなり、五臓「脾」の働きも低下することで「痰湿(溜飲)」が発生し、下降できずに逆流することで起こる症状。

詳しくはコチラ(https://minamino-kanpou.com/post-3582/

脾胃の働きの低下が原因とする疾患

脾胃は、身体に必要な「気血津液(水)精」を生成し、全身に運搬、不要なものを排泄しているため、脾胃の働きの低下は、消化器症状だけではなく様々な疾患や症状を伴いやすい傾向にあります。
脾胃の働きの低下が原因とする疾患を解説します。

不眠症

脾胃の働きが低下することで生成される「血」が不足し、精神的な活動を管理している五臓「心」が十分に働くことができなくなることで、不安や心配、動悸、睡眠が浅い、夢が多い、気鬱といった状態がおこります(心血不足)。

他にも、胃腸の機能が低下していることで「溜飲(飲食物がうまく消化できずにいに停滞しているもの)」が発生し、これによって脳の興奮を発生させて寝付きの悪く、睡眠の質も悪いなどの睡眠障害を発生させやすくなる。

・脾胃の働きの低下によって「血」が不足する不眠症に対する代表処方は「帰脾湯(きひとう)、加味帰脾湯(かみきひとう)」
・「溜飲」を除いて睡眠の質を安定させる代表処方は「温胆湯、加味温膽湯」。

皮膚病

アトピー性皮膚炎や蕁麻疹、乾癬、湿疹などの皮膚疾患は五臓「肺」の働きの低下が主な原因となりますが、不眠症同様に脾胃気虚が原因することで「気血津液」の生成が不足し、特に津液は「肺」の働きによって全身へ巡り、体表面へ巡らせることで皮膚の働き・潤いを管理しているため、津液の不足は皮膚の質(潤いや治癒力、水分代謝)に大きく影響を与えていきます。

また、身体の表面や粘膜をウイルスや細菌などから守る「衛気(えき)」は、脾胃から作られるため、脾胃気虚は「衛気虚」となり、感染症や敏感肌、アレルギーを誘発します。その為、皮膚症状の他に胃腸症状が伴う場合には、皮膚の炎症や乾燥に対する漢方薬とともに脾胃を整えることから治療を始めることがあります。

自律神経失調症

脾胃の働きが低下することで起こる気血津液精の生成バランスの乱れは、五臓六腑全体の働きに影響を与えます。
自律神経失調症をはじめ多くの疾患は、恒常性の働きが乱れたことによって発生します。

脾胃の働きが低下している場合には、大きく乱れている臓腑を整えながら脾胃を整えることが大切です。


食事がおいしく食べられているということは、身体を元気にしていこうとしている証です。どんな病気であれ、バランスのとれた食事、胃腸に負担をかけない食べ方、リズムの取れた食生活は病気の改善、健康維持の基本です。

逆に、食事がおいしくない、食欲がない、食べてもうまく消化しないなど脾胃の調子が乱れている状態で、身体を整えよう、病気を治そうというのはとても難しいと考えます。

脾胃を整る漢方薬はここで紹介した処方よりももっとたくさんあります。
身体の調子が悪い、病気の治りが悪い、病気を繰り返しているような場合には、胃腸を整えることを考えてみた方が良いかもしれません。
お気軽にご相談ください。