過敏性腸症候群に伴う腹痛・腹部不快感・下痢・便秘・頻便に対する漢方薬「桂枝加芍薬湯」
過敏性腸症候群は、「おなかの痛み、おなかの張り、下痢、便秘、常に便意がある、いつも便が軟便」といった症状があり、
このような症状のため
・電車の中で長く乗っていられない
・映画館でゆっくり座っていられない
・食後すぐにトイレに行きたくなる
・旅行に行けない
・外出が怖い
・学校にいけない
・仕事中、勉強中にお腹のことが気になって集中できない
など、生活の質(QOL)を低下させてしまうため、患っている方の不安や苦痛は深刻な問題です。
どのようなお悩みでも漢方薬を選ぶ基本となるのは、一人ひとりの体質・生活習慣や症状の特徴などから漢方診断(弁証)して、漢方処方・治療方針を決定しますが(論治)、下痢、腹痛、腹部膨満感、便秘に対する効果的な漢方処方は数種類あり、その中の一つの処方「桂枝加芍薬湯」についてご紹介いたします。
過敏性腸症候群
症状
大腸の正常な機能を妨げる慢性疾患で、「腹痛を伴う下痢や便秘、腹部膨満感が主な症状で、排便後も便意が繰り返す、便意が起こらない腹痛(多くは排便後に腹痛が和らぐ)」といった症状があらわれ、腹痛は下腹部に持続する鈍痛あるいはけいれん痛の発作として起こります。
ある研究では女性の方が受診することが多いとなっていますが、当店では男性のご相談が多い傾向にあります。
原因
過敏性腸症候群は、検査しても特に大きな異常(腸の病気やその他)が見られず、原因は不明なケースが多い。
ご相談に来られる方のお話をお伺いし多くの方に共通しているのは、消化管が様々なストレス刺激に対して過敏な状態となり、腸の異常な収縮が起こり症状を引き起こしています。
最も多い発症の条件は
・通勤前、通勤中
・通学前、通学中
・冷飲の後
・刺激物(特に辛いもの)の摂取後
いざ、外出しようとするとおなかが痛くなり、トイレに駆け込む
通勤中、会社や学校が近づくにつれておなかが痛くなって、途中で電車・バスを降りてトイレへ
これを繰り返していると肉体的にも精神的にも疲れて、QOLは低下してしまいます。
桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)
過敏性腸症候群による腹痛や下痢に対してよく使用し、早くに効果があらわれる処方が「桂枝加芍薬湯」処方の内容成分、生薬の特徴について解説します。
成分・分量
桂皮(ケイヒ)3.0g
大棗(タイソウ)3.0g
生姜(ショウキョウ)1.0g
芍薬(シャクヤク)6.0g
甘草(カンゾウ)2.0g
※上記の分量は「薬局製剤指針」に記載している分量です。また、一般販売品(市販品)と医療用漢方のエキス剤等の分量は異なることがあります。
効能・効果
体力中等度以下で,腹部膨満感のあるものの次の諸症:しぶり腹,腹痛,下痢,便秘
処方構成
・桂枝加芍薬湯は、桂枝湯(けいしとう)の芍薬の量を3gから6gに倍増
・小建中湯(しょうけんちゅうとう)から膠飴(コウイ)を除いた
・芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)を加えた
処方構成です
生薬の特徴
芍薬(しゃくやく)
桂枝加芍薬湯の主薬は倍増している「芍薬」です。
芍薬の薬効
芍薬は、ボタン科ボタン属のシャクヤクの根を利用します。
芍薬の根には、モノテルペノイド配糖体(ペオニフロリン)、モノテルペノイド(ペオニフロリゲノン、ペオニラクトンA、Bなど)、タンニン(ガロタンニン類)などの成分が含まれ、特にペオニフロリンには、鎮痛、鎮静、鎮痙、抗炎症、血圧降下、平滑筋弛緩作用などがあることが認められています。
中薬学では、養血薬(ようけつやく)に分類され
①補血斂陰
②柔肝止痛
③平肝斂陰
という働きがあり、桂枝加芍薬湯では主に②柔肝止痛として働きます。(当然ですが①③の働きも併せ持ちます)
「養血薬」は血虚(けっきょ)を改善する薬物で他に、熟地黄、何首烏、当帰、阿膠、桑椹、竜眼肉があります。
薬対
多くの生薬は1つの働きではなく様々な働きがありますが、これは他の生薬と組み合わせることによって、互いに作用を高め補ったり、一方の生薬の毒性を軽減させたりなど処方の中での役割が変化するためです。このことを「薬対(やくつい)」「対薬(たいやく)」と呼びます。
桂枝加芍薬湯では「甘草」との組み合わせによって鎮痛・鎮痙といった痛みやけいれんを抑える働きが強化されます。
①補血斂陰では、「川芎」「当帰」と組み合わせ(処方例:四物湯、十全大補湯)で補血作用が強化
③平肝斂陰では、「柴胡」と組み合わせ(処方例:四逆散、柴芍六君子湯)で気の流れの乱れを整える働きを補助
でそれぞれ芍薬の役割は変化します。
芍薬甘草湯
芍薬甘草湯(芍薬・甘草の2味で構成)は「こむら返り」の特効薬として有名ですが、平滑筋・骨格筋のけいれんに対する鎮痛・鎮痙作用についての研究資料を以前呼んだことがあるのですが、その研究では
①芍薬甘草湯
②芍薬のみ
③甘草のみ
それぞれのけいれんに対する作用の比較実験が行われました。
結果的に①芍薬甘草湯(芍薬と甘草の組み合わせ)のけいれんを抑える作用が②③に比べ優位に高かったことが分かりました。
このことから、芍薬甘草湯の鎮痙・鎮痛作用というのは、芍薬だけの効能でなく甘草を組み合わせることに意味があることが分かります。
桂皮(けいひ)
桂枝加芍薬湯に使用している生薬は、日本では「桂皮」を使用しますが本来は「桂枝(けいし)」を使用するべきであると漢方処方解説(特に中医学を基礎とする処方解説)などの書籍には記載されていることがありますし、中国では実際桂皮ではなく桂枝を使用し、医療用漢方を製造しているあるメーカー(1社)ではケイヒではなくケイシをショウキョウではなく生ショウキョウを使用しています。他のメーカーは桂皮を使用しています。
当店のエキス剤は桂皮を使用。煎じ薬も桂皮を使用します。
桂皮と桂枝の違い
桂皮も桂枝も同じクスノキ科の植物ですが、使用する部位が異なります。
・桂皮・・・幹皮(薬効:散寒薬)
・桂枝・・・枝又は樹皮(薬効:辛温解表薬)
とどちらも温める働きが同じでも作用する場所が異なります。
具体的には、
・体内(内臓)の冷えることによって、血行不良や痛みが発生している場合には、「裏寒(りかん)」という体内に寒邪が発生している状態なので「桂皮」(十全大補湯、温経湯)
・風邪(かぜ)の初期や外気の寒さが体に害を及ぼしている場合には、「表寒(ひょうかん)」という体表面に寒邪がいる状態なので「桂枝」(葛根湯、桂枝湯)
と使い分けます。
過敏性腸症候群では「裏寒」がきっかけとなることが多く桂枝ではなく桂皮の方が有効ではないかと個人的には思います。どこかの研究機関が調べていただけるといいのですが・・・・。
まとめ
過敏性腸症候群は、何らかの原因(ストレス)により大腸の活動が乱れ、過剰なぜん動運動により腹痛、下痢、便秘を引き起こしています。
消化管のぜん動運動は自律神経の支配を受けており、精神的ストレス、生活習慣の乱れ、気候の急激な変化により自律神経が乱れることでぜん動運動に異常を引き起こしていますので、
・神経質
・寒暖差に弱い(虚弱体質)
・冷えに弱い
・食が細い
・睡眠不足
・人目を気にしがち
なタイプの人に多く。
生活習慣の原因では
・偏食
・食物繊維の摂取が少ない
・辛いものが好き
・冷飲を好む
傾向の方に多い。
桂枝加芍薬湯は、過剰なぜん動運動を抑え、腹痛、下痢、腹部膨満感を和らげてくれます。芍薬甘草湯が頓服的に使用するのと同じように桂枝加芍薬湯も即効性に優れている漢方薬の一つです。
通勤・通学の前日、外出前に服用しておくことで症状の緩和が期待できます。
お悩みの方は、一度漢方に精通している専門家の相談・診断を受けてみて下さい。
血虚の改善で体質改善
過敏性腸症候群を発症している人は、ストレスに対する適応力が弱い傾向がありますが、その原因の一つが「血虚(けっきょ)」。
特に「肝血虚(かんけっきょ)」と呼ばれる体質の方。
五臓の肝は、気血の巡りを調整し、ストレスに対する適応、自律神経の調整、血の貯蔵などを行っています。
肝血が不足している「肝血虚」は、五臓の肝の働きを低下させる要因の一つです。
過敏性腸症候群の症状の改善や緩和には「桂枝加芍薬湯」が有効ですが、肝血虚を同時に改善することで体質改善を行い繰り返さない体質作りを目指すことができます。
また、消化管が過敏であるということは「胃」の働きも弱い傾向にあるため、食生活の見直しやストレスに対する認知の改善も大切です。
つらい症状を改善し、毎日楽しく過ごしましょう。お気軽にご相談ください。
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