「五苓散は熱中症に効く?」―その誤解と正しい使い方

「五苓散は熱中症に効く?」―その誤解と正しい使い方

夏が近づくと、「五苓散は熱中症に良い」「予防にも使える」といった話題を耳にすることがあります。当薬局でも「事前に飲んでおくと熱中症の予防になると聞いた」とおっしゃる方がいらっしゃいました。

しかし、五苓散や同様の漢方薬は、あくまで暑さによる体調不良の体質改善や症状の緩和を助けるものであり、重度の熱中症そのものを予防したり、治療したりするものではありません。

インターネットやSNSの影響で、本来の適応とは異なる使われ方が広まりつつある今、改めて「五苓散とはどういう薬なのか」「どのようなときに使うと効果的なのか」を正しくお伝えする必要があります。

このページでは、五苓散の処方構成・適応症・よくある誤解について、中医学に基づく漢方専門家としての視点からわかりやすくご紹介します。正しい知識で、体調管理にお役立ていただければ幸いです。

五苓散とはどんな漢方薬?

【処方構成】

猪苓・茯苓・沢瀉・白朮・桂皮の5種類の生薬で構成されています。それぞれを細かく粉末にして混合し、服用するのが本来の処方形態です。

【適応症】

『傷寒論』では次のように記載されています:

太陽病、発汗の後に大量の汗をかき、胃が乾き、煩わしくて眠れず、水を欲しがる場合は、少しずつ水を与えて胃を調えれば治る。
もし、脈が浮いていて小便が出ず、微熱・口渇があるならば、五苓散がこれを主る。

この記述を説明すると

発汗を促す治療のあと、大量の汗をかいて津液(体の潤い)が失われ、胃が乾いて落ち着かず眠れず、水を強く欲するような場合は、少量ずつ水を与えて胃の機能を調えれば回復に向かいます。

しかし、脈が浮いていて小便が出にくく、微熱や口渇があるような場合には、体内の水分バランスが崩れている「水毒」の状態であり、五苓散が適応されます。

ここで重要なのは、五苓散は決して「脱水を補う」薬ではないという点です。体内に遍在する余分な水分を排出し、巡りを整えることによって、結果的に体を楽にするという働きがあります。

どんな症状に使うのか?

【効能効果】

のどが渇いて、尿量が少なく、はき気、嘔吐、腹痛、頭痛、むくみなどのいずれかを伴う次の諸症:
・水瀉性下痢
・急性胃腸炎(しぶり腹のものには使用しないこと)
・暑気あたり
・頭痛
・むくみ

五苓散は、「発汗や吐下により体の水分バランスが乱れた結果、水分が体内に停滞して起こる不調」に適しています。

中医学でいう「水分の停滞」とは

「水分の停滞」とは、体内で水分の巡りが悪くなり、必要以上に溜まってしまっている状態を指します。中医学ではこの状態がさまざまな不調の原因になると考えられており、「水滞(すいたい)」「水湿(すいしつ)」「水毒(すいどく)」などと呼ばれることもあります。

水分が停滞するとどうなか(主な症状)

停滞部位 主な症状
胃腸 胃のチャポチャポ音(振水音)、吐き気、下痢
頭部 頭重、めまい、むくみ
全身 むくみ、だるさ、関節の痛み、尿量減少
皮膚 湿疹、水泡、汗が出にくい or 出すぎる

五苓散って夏場ではどんなときに使うの?

五苓散は、たくさん汗をかいたあとに体の調子が崩れ、水分をうまく吸収したり出したりできなくなってしまったときに使います。

汗をかきすぎて体の中のバランスが乱れると、「のどが渇いて水を飲みたくなる」のに「おしっこが出にくい」「頭が重い」「体がむくむ」などの不調が出ることがあります。
これは、水分が体の中でうまく巡らず、必要なところには届かずに、いらないところにたまってしまうからです。

こうした状態のときに、体の水分の巡りを整えて、余分な水を出し、必要な場所に届けてくれるのが五苓散です。

つまり、ただの脱水症や発熱に使う薬ではなく、「水の巡りが悪くなったことで起こる不調」に合わせて使う薬なのです。

「熱中症に効く」という誤解

「五苓散が熱中症に良い」という誤解が広がっている背景には、漢方薬の効能記載と現代病名(=熱中症)との混同があると考えられます。

暑気あたり=熱中症ではない

効能効果に「暑気あたり」と書かれていることから、「熱中症にも効く」と誤解されがちです。しかし、これは現代医学でいう「熱中症」とは別物です。

熱中症は、現代医学の病名。脱水や高体温、意識障害を伴う状態です。

暑気あたりは東洋学的な表現で、夏の暑さにより汗をかいたあとに体の水分バランスが崩れ、「のどが渇くのに尿が出ない」「体が重だるい」「むくむ」といった体調不良全般をいいます。一般的には夏バテとも呼ばれます。

熱中症とは(現代医学的な分類)

熱中症とは、暑熱環境で発生する障害の総称で、「熱失神」、「熱けいれん」、「熱疲労」、「熱射病」に分けられます。

【熱失神】
血管の拡張と下肢への血液貯留のため脳血流が低下して起こるもので、めまい、失神等の症状がみられます。
→涼しい場所に運び、寝かせる、脚を高くする等により、通常は回復

【熱けいれん】
大量の発汗、塩分の不足、または特定の筋の酷使(使いすぎ)などによっておこるもので、四肢の筋や腹筋に発生しやすい
→食塩を含んだ飲み物の摂取、つっている箇所のストレッチやマッサージなどによって症状が和らぎます。

【熱疲労】
主に脱水によるもので、全身倦怠感、脱力感、めまい、吐き気、嘔吐、頭痛等の症状が起こります。高体温であることが必須条件ではありません。
→涼しい場所に運び、衣服をゆるめて寝かせ、水分・塩分・糖分を補給すれば通常は回復します。

【熱射病(重症)】
体温調整が間に合わないほどの運動をした際に起こり、高体温(40度以上)と種々の程度の意識障害(見当識障害から昏睡まで)が特徴
→応急手当てが遅れると、多臓器不全に至り死亡することも

熱射病は命の危険が迫った緊急疾患であり、救急車を要請すると同時に、速やかに冷却処置を開始します。

熱射病の予後は高体温の持続時間に左右されるため、現場での積極的な冷却処置が重要です。

【参考:スポーツ庁you tubeチャンネル:https://www.youtube.com/watch?v=c8IVgIjC22k

五苓散の間違った使い方に注意!

脱水状態の時に五苓散を用いると、利水作用が働き、かえって症状が悪化する可能性があります。
特に
・十分な水分、塩分が補給されていない状態での服用
・熱射病や重度の熱疲労のような状態
では、五苓散は使用するべきではありません。あくまでも「水分が停滞(偏在)して排出が滞っている場合」に用いる漢方薬です。

誤った使い方は、効果がないばかりか、体に負担をかける可能性もあるのです。特にご高齢の方や持病のある方では注意が必要です。

西洋医学の「利尿剤」と五苓散の違い ― 身体全体の水の巡りを整える漢方の視点

五苓散は、むくみやめまい、吐き気、頭痛、排尿困難など、「体内の水の停滞」に対して処方される代表的な漢方薬です。これらの症状を「利尿剤のようなもの」と捉える方もいらっしゃいますが、西洋医学の利尿剤と五苓散は、その作用機序も目的もまったく異なります

西洋医学の利尿剤とは?

西洋医学で用いられる利尿剤は、主に腎臓の機能に直接作用して尿の排泄量を増やし、体内の水分量や血圧を調整する薬です。たとえば以下のような種類があります。

・ループ利尿薬(フロセミドなど):強力な利尿作用で急速に体液を排出。

・サイアザイド系利尿薬:軽度~中程度のむくみや高血圧に。

・カリウム保持性利尿薬:カリウムの喪失を防ぎながら利尿。

これらは「水を出す」ことが目的であり、あくまで腎機能を利用して余分な水分を強制的に排出させる薬です。したがって脱水のリスクも高く、電解質バランスの管理が重要となります。

漢方の五苓散は「水の巡りを整える」

一方、漢方薬の五苓散は単なる利尿剤ではありません。

五苓散の主な働きは、体の中で滞った「水」を巡らせ、不要な水を自然に排出しやすくすることにあります。西洋薬のように「腎臓に命令して水を出させる」わけではなく、脾や腎、膀胱などの水分代謝機能全体を調整し、からだ本来の力で水の流れを正常にするのです。

その結果として、排尿が促されたり、むくみが取れたりしますが、それは水の偏在が是正されたからであり、ただ尿を増やすだけの利尿とは根本的に異なります。

なぜ「体の巡り」が大事なのか?

漢方では、体内の水は「気(エネルギー)」の働きにより全身を巡っていると考えます。気が滞ると水も滞り、結果としてむくみ、頭重、吐き気、口渇、めまいなどが現れる――これが「水滞・水湿・水毒」と呼ばれる状態です。

五苓散は、この水の滞りを取り去ることで、気血水のバランスを整えることを目的としています。そのため、単純な利尿ではなく、全体調整としての治療なのです。

暑気あたりにおすすめの漢方薬

暑気あたり(夏バテ)は、熱中症の初期段階や、熱中症になりやすい体調の状態と捉えることができます。その為、暑気あたり対策=熱中症予防ともなります。

予防に関して漢方的な視点から考えると、主には発汗によって失われる「気(エネルギー)と水分(陰)」の両方を補い、体の水分代謝や体温調節機能を整えることが大切です。以下に、熱中症の予防におすすめとされる漢方薬を症状別に挙げます。

生脈散(イスクラ麦味参顆粒)

【適応】夏バテ・脱力感・動悸・口渇など、気陰両虚タイプに
・汗をかいて体力(水分・エネルギー)を同時に消耗してしまった人に向く。
・人参、麦門冬、五味子 の3つの生薬で構成されており、心肺の気と陰を補います。
・夏バテ症状にとてもよく使われる代表的な漢方。

📝:夏に汗をかきやすく、動悸や息切れ、疲れやすさ、口の渇きがある方に。

清暑益気湯(せいしょえっきとう)

【適応】夏の暑さで体力消耗した人向け。気虚+暑邪タイプに。
清熱、補気、生津の作用をあわせ持つ夏バテ特効薬。
汗とともに体力・水分を奪われてだるい、食欲がない、熱に弱いタイプに。
・軽度の熱中症〜夏バテの予防にも。

📝:暑さに弱く、外出後にぐったりする方に特におすすめです。

麦門冬湯(ばくもんどうとう)

【適応】のどの渇き・乾燥感が強く、空咳や微熱があるタイプに。
熱と乾燥で肺が傷ついた「肺陰虚」タイプに。
・強い日差しや乾燥した気候での体調不良を防ぎます。

📝:クーラーで体が乾燥しやすい方、咳が出やすい方に。

五苓散(ごれいさん)

【適応】水分代謝が悪く、むくみやすいタイプに。
・湿気の多い時期に体が重だるい
・むくみや頭重感があり、水分代謝が悪い体質
・水滞体質の方には、発汗しやすい時期や場面での予防としておすすめ
❌ こんなときには不適切
明らかな脱水症状(激しい発汗で体液が不足している、顔が赤く熱っぽい、脱力・ふらつきなどの気陰両虚)の場合は、悪化する恐れがあります。

📝:のどの渇きに水分補給しても乾きが癒えないときに。

漢方薬を服用しているから安心ではない

日頃より健康維持のために漢方薬を服用されている方もいらっしゃるかと存じます。中には、暑さによる体調不良(いわゆる「暑気あたり」)の対策として、五苓散(ごれいさん)などの漢方薬を医療機関から処方されて服用されている方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、大事なことなので繰り返しますが漢方薬はあくまで体質改善や症状の緩和を助けるものであり、重度の熱中症そのものを予防したり、治療したりするものではありません。

「漢方薬を飲んでいるから大丈夫」と過信し、基本的な熱中症対策を怠ってしまうと、かえって危険な状態に陥る可能性があります。

熱中症予防の基本は「水分・塩分補給」と「体を冷やすこと」です

漢方薬を服用されている方も、されていない方も、熱中症予防には以下の基本的な対策を徹底してください。

  • こまめな水分・塩分補給を!
    • のどが渇く前に、意識的に水分(水やお茶、経口補水液など)を摂りましょう。
    • 汗を多くかいた時は、塩分も忘れずに補給してください。
  • 暑さを避けて涼しく過ごす!
    • エアコンや扇風機を適切に利用し、室温を快適に保ちましょう。
    • 日中の暑い時間帯の外出は避け、涼しい場所で休憩を取りましょう。
    • 通気性の良い服装を心がけ、帽子や日傘を活用しましょう。
  • 体調の変化に注意する!
    • めまい、立ちくらみ、頭痛、吐き気、体がだるいなどの症状が出たら、すぐに涼しい場所へ移動し、体を冷やして水分補給をしましょう。
    • 少しでも体調がおかしいと感じたら、我慢せずに医療機関を受診してください。

漢方薬は皆様の健康をサポートする大切なツールですが、それを過信せず、基本の熱中症対策を徹底することが、ご自身の命を守ることに繋がります。

この夏も、皆様が元気に過ごせますよう、心より願っております。

正しい漢方の使用を

漢方薬は効能効果だけを見て判断してしまうと病状が悪化する場合があります。漢方処方の構成・成り立ち、個々の生薬の働き、適応する「証」を理解していると治療の方向性を間違えることはありません。

漢方薬を服用したい場合には、自分の症状だけではなく体質的特徴、生活習慣、舌の状態を漢方の専門家に診察していただき自分の体質に合った漢方薬を選んでもらいましょう。