「抑肝散(よくかんさん)」は、もともとは「小児のひきつけ・夜泣き」に用いられてきました。「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」は、抑肝散に陳皮と半夏を加味することで悪心・嘔吐、腹部膨満感などを伴う胃弱の方に用いられます。ここでは、その成り立ちや生薬の働き、使い分けの考え方を整理し、安全に活用するための要点を紹介します。
処方構成
【抑肝散】
当帰(トウキ)・・・・・3.0g
川芎(センキュウ)・・・3.0g
茯苓(ブクリョウ)・・・4.0g
白朮(ビャクジュツ)・・4.0g
柴胡(サイコ)・・・・・2.0g
甘草(カンゾウ)・・・・1.5g
釣藤鈎(チョウトウコウ)3.0g
【抑肝散加陳皮半夏】
当帰(トウキ)・・・・・3.0g
川芎(センキュウ)・・・3.0g
茯苓(ブクリョウ)・・・4.0g
白朮(ビャクジュツ)・・4.0g
柴胡(サイコ)・・・・・2.0g
陳皮(チンピ)・・・・・3.0g
半夏(ハンゲ)・・・・・5.0g
各生薬の働き
【釣藤鈎・柴胡】
…鎮静・鎮痙作用を持ち自律神経系を調整し、また釣藤鈎には強い抗けいれん作用や降圧作用があり、これは中医学でいう「平肝熄風」の働きに相当します。また、釣藤鈎が催眠作用もあるため、不眠にも応用されます。
【当帰・川芎】
…滋潤強壮で体を栄養し、血液の循環をよくし、川芎は頭痛にも奏効する。(補血活血)
【茯苓・甘草・白朮】
…消化吸収を強め、全身の機能を強化、茯苓には鎮静の働きがあり、白朮とともに、からだの余剰水分を利尿により排泄する。(健脾利水)
【陳皮・半夏】
…悪心・嘔吐を鎮め、腹部の膨満感を除く作用がある。(蠕動調整・制吐・鎮嘔)
平肝熄風とは…
肝の過剰な働きを抑えて(平肝)、体内で動いている“風”を鎮める(熄風)のこと
具体的には
・平肝は、五臓の「肝」の働きを整える
・熄風は、筋肉のけいれん、イライラ、ふるえなど「内風」を鎮める
(「内風」とは、体内に生じる病的な「風」で、不安定な神経症状を引き起こします。)
つまり平肝熄風とは、肝の過剰な興奮を静め、内側に生じた「風」による震えやけいれんを落ち着かせる治療法です。
適応と使い分け
それぞれの効能効果は以下の通り、
【抑肝散】
体力中等度をめやすとして,神経がたかぶり,怒りやすい,イライラなどがあるものの次の諸症:
神経症,不眠症,小児夜泣き,小児疳症(神経過敏),歯ぎしり,更年期障害,血の道症(女性ホルモンの変動に伴う心身の不調)
【抑肝散加陳皮半夏】
体力が中等度以下で,胃腸が弱く,食欲がなく,みぞおちのつかえ,疲れやすく,貧血性で手足が冷えやすいものの次の諸症:
胃炎,胃腸虚弱,胃下垂 ,消化不良,食欲不振,胃痛,嘔吐
半夏・陳皮の役割
抑肝散加陳皮半夏には、「みぞおちのつかえ・嘔吐」という効能が書き加えられています。
・半夏:「消痞散結」という効果によって痞えを取り除く
・陳皮と半夏の組み合わせ:「嘔吐」を改善
抑肝散加陳皮半夏は、「抑肝散」に半夏・陳皮を加えることで悪心・嘔吐・腹満などの胃腸症状が加わっている場合に使用します。
現代医学からの薬効薬理
抑肝散は、古来の経験だけでなく、現代医学的な研究においても脳神経系への作用が明らかになっています。主な知見は以下のとおりです。
1.攻撃性抑制作用
・海馬でのグルタミン酸の過剰な放出を抑制する作用が確認されています。
・グルタミン酸の取り込み機能を改善し、神経興奮のバランスを整えます。
・前頭前野におけるセロトニン2A受容体の発現を抑え、過剰な神経活動を落ち着かせます。
・セロトニン1A受容体を介して攻撃性や不安を抑制する作用も確認されています。
2.抗不安作用
動物実験では、高架式十字迷路試験などで抗不安様作用が認められ、脳虚血モデルや老齢モデルでも有効性が示されています。
3.認知機能関連作用(攻撃性・興奮の抑制)
アルツハイマー病モデルマウスや亜鉛欠乏モデルにおいて、攻撃性や興奮行動を抑制する効果が観察されています。
4.睡眠障害改善作用
ストレス負荷マウスでは、ペントバルビタール誘発睡眠の短縮を抑えることから、睡眠の質を改善する可能性が報告されています。
まとめ
抑肝散は、古来より「小児のひきつけや夜泣き」に用いられてきた処方です。
抑肝散加陳皮半夏は、抑肝散に陳皮・半夏を加えることで胃腸症状が加わっている場合に使用します。
そして、現代医学的な研究によっても作用が裏付けられつつあります。
神経伝達物質であるグルタミン酸やセロトニンに働きかけ、脳の過剰な興奮を鎮めることで、攻撃性や不安を抑え、睡眠障害の改善にも関与することが示されています。
このように、抑肝散は「心身の高ぶりを落ち着ける」という古典的な効能が、神経科学的にも説明可能になってきており、漢方と現代医学の両面から注目される処方です。ただし、効果は体質や状態によって異なるため、自己判断ではなく専門家の相談を通じて安全に活用することが大切です。

