漢方処方には約150~200種類の生薬が用いられますが、その中で使用頻度が高いのは50種類ほど。そして、同じような生薬を組み合わせても、配合の割合や加える薬材によって体に対する働き(“証”)は大きく異なります。
この記事では、“水の滞り”(中医学では「水滞」)という共通のテーマを持ちながら、五苓散・苓桂朮甘湯・当帰芍薬散という三つの処方がいかに異なるか、その効能や構成、生薬の相互作用を解説し、症状に応じた使い分けの要点をご紹介します。どの処方がどんなケースにマッチするのか、ひと目でわかるよう整理しました。
水の巡りと「水滞」という考え方
漢方では体を流れる「気・血・水」のバランスが健康の基本とされています。その中でも「水」は体液全般を意味し、潤いを与え、代謝を支える大切な存在です。ところが、この水の巡りが滞ると、むくみ・めまい・頭重感・胃のチャポチャポ感など、さまざまな不調を引き起こします。
この「水滞」に対して用いられる代表的な三処方 ― 五苓散(ごれいさん)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)― 、それぞれの特徴と使い分けを整理してみました。
三つの処方の構成と特徴
五苓散 ― 余分な水を排出する処方
構成生薬:茯苓・白朮・猪苓・沢瀉・桂皮
水の停滞によって起こる「むくみ」「下痢」「のどの渇き」「尿の出にくさ」に適しています。体の中に溜まった余分な水分を動かし、排出する働きが特徴です。特に「胃に水がたまってチャポチャポ音がする」「雨の日に体が重い」といった症状にもよく用いられます。
苓桂朮甘湯 ― 水とともに心身の不安定を整える処方
構成生薬:茯苓・白朮・桂枝・甘草
水の滞りに加えて、動悸やめまい、不安感をともなう方に適します。消化機能の弱りと水分代謝の乱れを整えつつ、自律神経の不調や精神的な不安定さを鎮めるのが特徴です。「立ちくらみ」「めまい」「耳鳴り」といった症状に加え、心身のバランスを立て直すイメージの処方です。
当帰芍薬散 ― 虚弱体質・冷えを伴う水滞に
構成生薬:茯苓・白朮・沢瀉・当帰・芍薬・川芎
血の不足(血虚)や体力の弱さを背景に、水滞が現れているときに用いられます。冷えや貧血傾向、月経不順、妊娠中のむくみなど女性に多い症状に適しています。「冷えやすく体力がない」「むくみやすい」といった体質改善を目的とするのが特徴です。
配合生薬比較一覧
| 処方名/生薬 | 五苓散料 | 苓桂朮甘湯 | 当帰芍薬散料 |
| 茯苓 | 4.0g | 4.0g | 4.0g |
| 白朮 | 3.0g | 2.0g | 4.0g |
| 桂枝 | 2.5g | 3.0g | – |
| 猪苓 | 3.0g | – | – |
| 沢瀉 | 4.0g | – | 4.0g |
| 甘草 | – | 2.0g | – |
| 当帰 | – | – | 3.0g |
| 芍薬 | – | – | 6.0g |
| 川芎 | – | – | 3.0g |
処方の選び分けポイント
・水の偏在が強い・のどの渇きがある → 五苓散
・めまい・不安・自律神経の乱れを伴う → 苓桂朮甘湯
・冷え・血虚・女性特有の症状を伴う → 当帰芍薬散
似た構成でも「体質」と「症状の背景」によって適する処方は変わります。症状を一つひとつ整理し、全体像から判断することが大切です。
まとめ
五苓散・苓桂朮甘湯・当帰芍薬散は、いずれも「水の滞り」をキーワードにした処方ですが、対象とする体質や症状は大きく異なります。漢方薬は似ているからといって同じように使えるわけではありません。自己判断ではなく、体質や症状を丁寧に聞き取ったうえで、専門家が最適な処方を選ぶことが大切です。


