帰脾湯・加味帰脾湯で不眠を整える ― “心脾両虚”タイプに向く処方とは

漢方処方解説

不眠は単なる睡眠不足ではなく、心と体のバランスの乱れを映す“サイン”です。西洋薬での対症療法もありますが、根本的な体質改善を目指す場合、漢方薬の帰脾湯(きひとう)・加味帰脾湯(かみきひとう)がよく用いられます。
この記事では、これらの処方がどのような体質・症状に向くのか、似た処方との違い、処方の特徴などを整理してお伝えします。

帰脾湯・加味帰脾湯とは

配合・違いの整理
帰脾湯と加味帰脾湯は、基本的には「脾(消化吸収力)と心(精神・心血)」を補う処方です。加味帰脾湯は帰脾湯にさらに「柴胡」「牡丹皮」「山梔子」などを加味したもので、体内に熱感や苛立ち、のぼせなどがある場合に使われやすいバリエーションです。

  • 帰脾湯と加味帰脾湯は、基本的には「脾(消化吸収力)と心(精神・心血)」を補う処方
  • 加味帰脾湯は帰脾湯にさらに「柴胡」「牡丹皮」「山梔子」などを加味したもので、体内に熱感や苛立ち、のぼせなどがある場合に使われやすいバリエーションです。
  • 加味帰脾湯は加える生薬と全体量を増すことで、気・血・熱のバランスをより調整できるように設計されています。
生薬名帰脾湯加味帰脾湯
人参(ニンジン)2.03.0
茯苓(ブクリョウ)2.03.0
竜眼肉(リュウガンニク)2.03.0
当帰(トウキ)2.02.0
柴胡(サイコ)3.0
甘草(カンゾウ)1.01.0
大棗(タイソウ)1.52.0
生姜(ショウキョウ)0.50.5
白朮(ビャクジュツ)2.03.0
酸棗仁(サンソウニン)2.03.0
黄耆(オウギ)2.03.0
遠志(オンジ)1.02.0
山梔子(サンシシ)2.0
木香(モッコウ)1.01.0
牡丹皮(ボタンピ)2.0
効能効果体力中程度以下で、心身が疲れ、血色が悪いものの次の諸症:貧血、不眠症、精神不安、神経症体力中程度以下で、心身が疲れ、血色が悪く、ときに熱感を伴うものの次の諸症:貧血、不眠症、精神不安、神経症

どのようなタイプに向くのか(適応・体質)

これらの処方を用いる漢方的な体質・症状は、概ね以下のようなパターンです。

  • 食欲不振・消化機能の低下
  • 疲れやすい、倦怠感
  • 不安感・動悸・物忘れ
  • 眠りが浅い、入眠しづらい
  • 眠っても途中で目が覚める
  • 体力が中等度以下で、血色が悪い
  • 日中の眠気、集中力の低下
  • 加味帰脾湯を選ぶのは、さらにイライラ・ほてり・胸苦しさなど熱性症状を伴う場合

こうした状態は、中医学では「心脾両虚(しんぴりょうきょ)」というパターンと呼ばれ、脾(消化/運化)と心(心血/神志)がともに弱っている状態と考えられます。帰脾湯・加味帰脾湯は、その状態を調節し、心と体を整えるための処方です。

ただし、すべての不眠症や体調異常に向くわけではなく、例えば陰虚火旺タイプ(のぼせ・口渇・ほてりが強いタイプ)などには他の処方が適することがあります。

類似処方との違い・比較

帰脾湯・加味帰脾湯には、似た目的で使われる処方がいくつかあります。以下に代表的なものと違いを比較します。

処方名適するタイプ・体質帰脾湯/加味帰脾湯との違い
・使い分けポイント
酸棗仁湯眠りが浅く夢が多い。夜中に目が覚めやすい。体力中等度で不安・イライラは軽度。帰脾湯より補気・補血の力は弱いが、純粋に「眠りを深める」方向に働きやすい。
加味温胆湯不安感・焦燥感・動悸・胸苦しさ。ストレスで交感神経が高ぶり、眠れないタイプ。帰脾湯が「虚証」向けなのに対し、加味温胆湯は「気逆・痰湿・ストレス過多」で神経が昂ぶるタイプに用いられる。
黄連阿膠湯不安感が強く、のぼせ・ほてり・動悸・寝汗を伴う。虚熱で眠れないタイプ。帰脾湯が「虚弱・消化器の弱さ」からくる不眠に使うのに対し、黄連阿膠湯は「虚熱・心火の昂ぶり」が原因の不眠向け。
抑肝散イライラ・怒りっぽい・歯ぎしり・神経の高ぶり。小児や高齢者の不眠にもよく使われる。帰脾湯が「気血不足で心が弱るタイプ」なのに対し、抑肝散は「肝気が昂ぶるタイプ」に適している。

これらの処方と比べると、帰脾湯・加味帰脾湯は「脾を補い、心を養いながら眠りを支えるバランス型処方」と言えます。

処方の特徴と注意点

特徴

  • 補気・健脾作用:人参・茯苓・白朮・黄耆などにより消化吸収を助け、体力を支える
  • 養心安神作用:酸棗仁・遠志・竜眼肉などで心血を養い、心を落ち着ける
  • 加味帰脾湯は、熱性または亢進しやすい作用を抑える生薬を加えており、心脾両虚で熱傾向のある不眠型に使われやすい
  • 気の巡りを助ける生薬(木香など)を含み、胸苦しさや食後の腹部不快を改善するサポートも持つ

注意点・留意事項

  • 処方中の 遠志(オンジ) は、一部データで血糖へ影響を及ぼす可能性(1,5-AGの上昇)を示唆するものがあり、糖尿病の方は医師に使用を伝えておくとよいとの記載があります。
  • 処方はあくまで体質・症状に合わせて選ぶべきで、過度な期待は禁物。
  • 妊娠・授乳中・持病のある方は、使用前に必ず医師・薬剤師に相談する。
  • 長期使用、他の漢方薬・西洋薬との併用は、定期的に診察を受けて調整が必要。

使い始めの目安・体験談

  • 服用開始後、早く効果を感じる場合もあります。実際に加味帰脾湯を使った方から、「3日目から眠れるようになった」という体験があったとの記録もあります。
  • ただし、安定した効果を得るには、数週間〜数ヶ月程度の継続と生活習慣の改善(適切な睡眠習慣・食事・ストレス管理など)が不可欠です。
  • 漢方薬は「心・体・薬」が整っているときにより力を発揮するとも言われ、体調・精神状態を整えることが鍵です。

まとめ

帰脾湯・加味帰脾湯は、不眠をはじめとする精神・消化系の不調を抱える方にとって、有用な漢方処方のひとつです。特に「脾と心の両方が弱っている」傾向がある方に向いており、食欲・疲労・精神症状が絡む不眠型に適用されやすいと言えます。

ただし、処方だけでは解決しない部分も多く、睡眠環境の整備、ストレス緩和・食事改善・運動などを組み合わせることがより大きな効果をもたらします。自己判断での使用は避け、専門家とともに調整する中で、ゆるやかに改善を目指していきましょう。

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